大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(行ツ)102号 判決 1984年2月27日

上告人 中野洋

被上告人 東京都千代田都税事務所長 宗藤和夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

地方税法七二条の五一第一項ただし書にいう「特別の事情」には、東京都都税条例三〇条ただし書が例示する課税もれが含まれ、納税者の責に帰することができない事由による賦課もれのため所定の納期とは異なる月に納期を定めて賦課徴収を行う必要がある場合もこれにあたると解するのが相当である。これと同旨の見解に立つて、本件処分に違法事由はないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 木下忠良 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次)

上告人の上告理由

一、控訴裁判所がその判決理由で引用した一審裁判所における請求棄却の理由は、憲法三〇条及び同八四条に定める租税法律主義の法理に違背する。

二、<省略>

三、控訴裁判所がその判決理由で引用した一審判決の請求棄却の理由

「地方税法七二条の五一第一項但し書の<特別の事情>は都税条例三〇条の課税もれが含まれるのが明らかである」と判示し、その理由として

1 そのように解さないと課税の公平を失する結果を招来する。

2 法定納期限後三年以内であれば地方税法の賦課決定を行いうるとする地方税法一七条の五第一項の趣旨にも反する。

3 納税通知が三ケ月程度遅れたに過ぎないから上告人に不利な納期をさだめたものではない。

4 被上告人がその権限を濫用したという経緯もない。

というものである。

しかしながら右判決理由は次のとおり明らかに国民財産の侵害規範である租税法の解釈を誤り憲法三〇条及び同八四条に規定する租税法律主義に違背するものである。

四、租税法律主義違背の事実

(一) 租税負担の公平の原理をもつて租税法を解釈適用することの租税法律主義違背の事由

租税負担公平の原則は、租税法を立法する上で最重要原則ではあるが、国会の議決を経て法律として成立した個別の「租税法」の解釈適用上の指導原則とはならないし、してはならないものである。

租税法の解釈適用上、負担公平の原則をもちだす事は、結局、法規の類推、拡張解釈を許すこととなり課税庁の恣意的な課税権力の濫用を正当化する危険性がある。本件においても被上告人の怠惰による課税漏れを負担公平の原則をもつて法律で定める「特別の事情に」あたるということは、正に右に述べた法律の拡張解釈であり、被上告人の恣意的な課税権の行使を認めることとなり租税法律主義を定めた憲法三〇条及び八四条に違背するものである、なお租税負担公平の原則は右に述べた如く税法の解釈適用レベルにおいては基本原理にはならないが、税法規が憲法一四条に違反するかどうかという憲法解釈論のレベルにおいては重要な法原則となるものであるが一審の判決理由はこの両者を混同しているものである。

(二) 地方税法一七条の五第一項の趣旨の解釈についての租税法律主義違背の事実

右地方税法一七条の五の規程は、地方税法総則の第一一節「更正・決定・等の期間制限及び消滅時効」中の第一款「更正・決定等の期間制限」として地方税法一般について定められているものである。

地方税における納税義務の確定の手続きとしては次の三方法がある。

1 申告納税によるもの

2 賦課課税によるもの

3 証紙貼布によるもの

右のうち「1」の申告納税による具体的納税義務は第一次的には申告書の提出によつて確定し、過少申告・無申告者については、各税種目によつて定められている法定申告期限すなわち法定納期限の翌日から三年間は何時でも更正・決定権を行使できることについて法構成上何等の疑いのないところである。

しかしながら賦課課税については右のように解することはできない。何故なれば賦課課税の具体的納税義務は、課税庁の納税通知書の交付によつて初めて定まるものである。しかもその法定納期限は、地方税法及びそれを受けた各自治体の条例によつて定まつているものである。したがつて課税庁の行う徴収のための納税通知書兼納入通知書の納税義務者への交付の時期は地方税法に依つて一定期日が定められているものである。

その定めが本件でいうならば地方税法七一条の五一第一項本文及び都税条例三〇条一項本文でもつて、第一期八月三一日、第二期一一月三〇日と法定されているものである。

前述憲法三〇条及び同八四条の租税法律主義の法理の一つである手続的保障の原則からいつて課税庁はこの法定納期限を遵守しなければならず、理由なくこれと異なる納期を指定することはできない。

地方税においては本件事業税の外都府県民税や市町村民税、固定資産税、国民健康保険税等各種の税目の納税義務が定められてあり、更に納税者は国税である所得税の負担を負うものである。したがつてこれら各税目の納期は、互いに重復して一時に納税者の負担にならないよう調整されてあるものである。この納期を課税庁の恣意でもつて変更することは前述のとおり租税法律主義の手続的保障の原則を侵すもので許されないものである。

納税通知通知によつて初めて具体的に納付税額が確定する地方税においても、その多くは賦課課税の賦課資料としての納税申告書の提出を罰則で義務付け、課税庁は右申告に基づいて納税通知を行つているものである。

しかしながら右納税申告の無申告または、過少申告者については当然の事であるが課税もれが生ずることは明らかである。或いはまた三月十五日の申告書提出期限後住所地を移動したため納税通知書の交付を行い得ない場合が生ずる。このような場合には法定納期限と異なる納期をさだめて「税」を賦課し得ることを定めることは、課税負担の公平の原則からいつて当然のことであり、その法的措置が地方税七一条の五一第一項但し書及び、都税条例三〇条但し書の規程である。

もし右の規程が(但し書)存在しなければ、たとえ課税もれがあつたとしても、租税負担公平の原則を理由として法定納期限以外の日を納期と定め租税を徴収することは、例え地方税法一七条の五第一項の規程があつてもできないことは、租税法律主義の法理からして当然の事である。但しそのような法規若しくは条例は憲法一四条の規程に照らし憲法違反となるかどうかは自ずと別個の論理となるのである。

したがつて事業税の課税もれ(納税者の無申告、過少申告、住所地の移動等による課税庁の責任以外の理由による課税もれをいう)が生じた場合に課税庁が課税をなし得る根拠は、地方税法七一条の五一第一項但し書及び、都税条例三〇条但し書によるものであつて、地方税法一七条の五の規程があるからではない。

地方税法一七条の五の規程は、右に述べたような課税もれがあつても、すなわち地方税法七一条の五第一項但し書、都税条例三〇条一項但し書に該当する事実があつても、それは、法定納期限の翌日から三年を経過した後は、できないことを定めたものである。そのように解さないならば地方税法七二条の五一第一項但し書を設けた理由が消滅する事となる。

控訴裁判所において引用した一審判決理由のように、被上告人の怠惰による課税もれを、地方税法一七条の五第一項の規定のある事を前提に、法定納期限後三年は課税できるのであるから、課税処分に違法がないとすることは、地方税法一七条の五第一項の類推、拡張解釈で、憲法三〇条及び同八四条の租税法律主義の法理に違背するものである。とともに法律の解釈適用を本末転倒しているものである。

地方税法一七条の五第一項をこのように解さないならば、法律及び条例で法定納期限を定め、更に但し書で例外的納期の定め得る場合を定めた規定、その課税資料として期限付、罰則付の申告書の提出義務規定、更に地方税法七二条の五〇第二項及び同三項等の事業税賦課決定のための一連の手続規定を全く形骸化するばかりでなく、租税法律主義の手続的保障の原則を侵すこととなり、憲法三〇条及び同八四条に違背するものである。

なお被上告人が本件事業税の課税処分に当つて怠惰であつた事実は上告人の昭和五八年五月八日付準備書面及び甲第一号証ないし同第四号証をもつて主張立証したところであり、被上告人はこれについて争わないので、民事訴訟法第一四〇条によつてその事実を自白したものと推定されるものである。

(三) 「本来の納期より三ケ月程度遅れた納期日が定められたに過ぎず被上告人がその権限を濫用して上告人に不利に納期限を定めたという経緯もないから本件処分を違法と認むべき理由はない」という判示の憲法三〇条及び八四条の違背について

国または、地方公共団体は、その任務を果すためには厖大な資金を必要とする。その資金を獲得するためにとられる手段が租税であつて、公的欲求の充足に必要な財貨の徴収を目的とするものである。

したがつて、租税は一方的、権力的課徴金の性質をもつものであつて、私有財産制を認められている資本主義社会において、国民の富の一部を強制的に国または、地方公共団体に移す手段であるから、国民の財産権への侵害の性質をもつものである。

したがつて近代以降の国家は、租税の賦課徴収は必ず法律の根拠に基づいて行われなければならないという、いわゆる租税法律主義の原則が確立されていることは前述「三」で述べたとおりである。

したがつて租税の賦課徴収という公権力の行使は常に国民にとつて不利益な行為となる(財産権の侵害)のであつて、本来の納期より三ケ月程度の遅れであるから上告人に不利ではないとか、一年程度の遅れであれば不利な処分であるとか、特別の事情もなく課税庁の怠惰による課税もれを、その法定の納期限より遅れた期間の長短によつて違法性があるとかないとかの判断を行うことは、結果として課税庁の恣意的な課税を許容することとなり、課税庁の権力の濫用につながるものである。

したがつて該判決は租税法律主義の手続き的保障の原則を侵し、国民の財産権の侵害規定である租税法の拡張解釈に当るもので憲法三〇条及び同八四条に違背するものである。

また該判決は「被告人がその権利を濫用して原告に不利な納期限を定めた経緯もない。」としているが右判示は被上告人の怠惰による課税もれという重大な事実を看過し「特別の事情」もないのに法定納期限と異る納期を指定した被上告人の課税権の行使の誤りを許している。被上告人の責に帰すべき法定納期限と異る納期の指定は、この権利の濫用でなくて何であろうか。

この経緯は地方税法で定める「特別の事情」に当らず課税庁の恣意的な行為を合法化するための拡張解釈として許されない。ここにおいても又、憲法三〇条及び同八四条に違背しているのである。

以上によつて控訴裁判所が控訴棄却の理由として引用した一審裁判所の判決理由には、憲法三〇条及び同八四条で定める租税法律主義の法理の違背があり、この憲法三〇条及び同八四条に違背した判決理由をそのまま控訴棄却の理由とした控訴裁判所の判決理由もまた憲法三〇条及び同八四条に違背する判決である。

仮に右判決が憲法三〇条及び同八四条に違背しないとしても、該判決は地方税法一七条の五第一項及び地方税法七二条の五一第一項但し書の解釈に「判決に影響を及ぼす重大な法令違背」が存することは明らかである。

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